スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
二日目の記事
2007 / 02 / 26 ( Mon )
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ(坪内 稔典)

 僕はこの句を初めてみた高校一年生の時、「俳句らしからぬ俳句」という思いを抱いた。俳句の公共のイメージとしては、国語の教科書に載っている様な何処か古めかしく格調高いというものがあるだろう。事実、日本の伝統芸能の一つでもあるので、古い事は確かだ。
 しかし、現代ではその従来の俳句のイメージを覆す句が多々、存在している。「有季」、「定型」、「切れ字」、「文語」、「旧仮名遣い」等といった俳句のルーツとは全く逆さまに進んでいるジャンル、「新興俳句」と呼ばれているものは今やマイナーでは無い。つまり、徐々にポップ化してきており、若者に、ちょっとしてブームになっている一因でもあろう。
 この句に於いては、明確な意味は存在しない。極めて恣意的である。「ぽぽのあたり」が具体的に、たんぽぽの何処のあたりなのだろうか?それが分からない限り、この句の意味は分からない。もし、この句が国語の試験に出題され、「この句の意味を答えなさい」と問われれば、複数の答えがあって正解になる。しかし、それはこの句に限った事では無い。
 「俳句は世界で一番短い詩」であるが故に、何かを表現する際に何らかの事象を省略せねば17音に納まりきらない時が多々ある。よって、その「省略」により多様な解釈を許す結果が生れる。それを「短所」と取るか、「長所」と取るかは当人の自由だが、僕は迷わず長所と認めたい。この事は直接、句会等に参加して頂ければよく分かるが、自作の句に於いて、自己が想定していた範囲を、他者の解釈が遥かに上回る事がある。つまり、他者の解釈が自己を引き上げてくれる事はしばしば見受けられる事で、言わば「大衆の力」が、その作品の是非を定める決定権が他の芸術に比べ極めて高いと言えるのではないか。またそれは、多様な解釈から生れる大衆の遊戯と定めても良いのではないか。
 作者は、『現代俳句一〇〇人二〇句』(邑書林)に於いて、「俳句という表現形式の可能性を多角的に引き出す試みに挑む。」と記している。
スポンサーサイト

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

02 : 03 : 58 | 「一日一句鑑賞」 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
<<三日目の記事 | ホーム | 初記事>>
コメント
--短歌俳句川柳堂のご案内--

短歌俳句川柳堂のご案内

突然で失礼いたします。
当店は「短歌俳句川柳堂」と申します。

全国で唯一の短歌俳句川柳関係の専門古書店でございます。

古書はそれぞれ、ジャンル別、内容別、人物別と検索しやすく分類してあります。

書籍ごとの内容も簡単に付して、わかりやすくしてありますので、ぜひアクセスしてみて下さいませ。



また、歌集、句集、詩集、自分史、遺稿集等の本作り、自費出版のご用命も承っておりますので、その節はご検討頂ければ幸いです。

尚、古書の買い取りも常時いたしております。

お問合せは、メールでも、電話、ファックス、郵便でも承っております。

皆様のアクセスを心よりお待ち申し上げます。

ホームページの検索は、グーグル、ヤフー等の検索窓(画面)に、漢字で、

「短歌俳句川柳堂」

と入力いただくと簡単です。



ホームページ http://www6.ocn.ne.jp/~tanka/





〒195-0062

東京都町田市大蔵町147-10

電話 042-707-7223

FAX 050-3452-7627


by: 短歌俳句川柳堂 * 2008/06/11 20:09 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://sss88.blog95.fc2.com/tb.php/2-1a1faaac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。